生きづらいあさひの、発達凹凸兄妹♡幸せ探しの工夫♡ブログ♡

発達に凹凸ありの2児を育てながら精神科で働くあさひが、子どもの気持ちを考えながら楽しく育児をする奮闘日記

発達に凹凸のある息子、不登校に①

現在小学6年生(ADHDの診断あり)の長男の彼についてのエピソードです。

 

 

そういえば、彼が医療機関につながったのはいつだろうと考えていました。

 

 

そう、彼は、小学1年の夏休み明けから学校への行き渋りが始まり、不登校となったのです。

 

 

 

 

「お母さん、学校に行かないといけないなら、死にたいよ!」

 

↑の言葉は、私が彼を守ってあげないといけないと思ったきっかけの言葉です。当時、小学1年の彼が言った言葉です。

これを聞き、私は、彼に申し訳なかったと思うのです。

 

 

 

夏休みまでは、順調に学校に馴染んでいた彼。

とくに問題もなく、トラブルもなく、

「支援級、いらんかったかな?やっぱり成長とともに、できるようになることも増えていくもんなんかな」

と考えていました。

 

しかし、夏休み明け。

「お腹が痛い」

「なんか、行きたくない」

と言い始めました。

 

なんで?何かあった?と聞いても、

 

「わかんない」

というだけでした。

 

夏休み明けには、運動会の練習が始まり、暑さも残り、6歳の子には過酷な環境であると言えるでしょう。

しかし、やはり私は自分の目線でしか、子どもを見れていなかったんです。

子どの言葉よりも、小学校の担任の先生の言葉を信じてしまうことになるのです。

 

 

小学校に電話して、行き渋りを相談する

 

電話で、「朝、学校に行きたがらないんです。何か学校でありましたか」

と聞きました。

彼の担任は、学年主任のベテラン先生です。

教頭先生が言うには、「まだ春入学したての子どもたちへの、一年間の教育プランを一年分もう立てているでしょうね。信頼してくださっていいですよ」と紹介された先生です。

確かに、小柄で、ちゃきちゃきと動く姿は自身に満ち溢れています。

 

学校の様子は、「とくになにも問題はないですよ。」

「学校に行かなくなると、ずっと癖になっていけなくなるので、

お母さんが校門近くまで連れてきてくれたら、私たちが何とかしますよ」

という説明でした。

 

「そうなんや。行き渋りが癖になると学校に行けなくなるんやな。引っ張ってでも連れて行かないとあかんのやな」と解釈した私です。

 

その大人たちの解釈が、彼を苦しめることになります。